「やさしくいる」と決める
先日の都さんとのラジオでも盛り上がりましたが↓
・オリンピックでメダルを取れなかった選手を叩く
・趣味のグループでの投稿なのにイチャモンをつける
・食べ物の趣味嗜好に文句を言う
これって、
40代以上のおっさんに多くないですか?
(もし、カチンと来たらすみません、でも図星ですね♪)
で、いつも思うのですが
「あいつがメダル取れなかったのは事実だろ!」
「あいつのやり方が間違ってるから教えてやっただけだ!」
「こっちは挨拶してんのにあいつがしないからもうしてやらない!」
このような
べつに自分は間違ったこと言ってないし!
という精神でいると、このきっと先破綻します(予言)
『3歳児』ですかね
これは自戒を込めて申し上げますが
「自分は悪くない」
「自分は間違ってない」
「自分はちゃんとやってる」
という意識が根底にあるとちょっと困りものですね
しかも会社の上司や取引先がこういうタイプだと
ちょっと嫌ですね、、、
・こちらはちゃんとしてるのに、相手が(自分と同じように)やってないのが悪い
あらためて文字にすると、とんでもない理屈ですが、、、
3歳児の
だって、おかあさんが...お腹すいたって言ってるのになにもしてくれないんだもん...
という話と何ら変わりはございません笑
3歳児はこれから無限の可能性で成長していきますが
40歳児や50歳児はこれから先、はたして成長できるのでしょうか...
いまさら会社の上司が成長期を迎えるとは思えませんが...
自分は「やさしくいる」と決める
ラジオで都さんも仰せですが
「もっとやさしくいようよ」
が結論のような気がします
金メダルを取ろうが取れまいが
まわりが文句を言っていようが
取引先が横柄な態度だろうが
「自分はやさしく生きる」と決める
相手が聞いてくれなくても、自分はきちんと意見を言う
相手が挨拶しなくても、こちらは大きな声でする
深夜に挨拶もなくLINEをバシバシ送ってくる人とは縁を切る(笑)
ということで良い気がします
相手がどうするかを自分は決められないですし
それによって
こちらの感情をわざわざ揺らがせるほど
時間は残されていないですからねー
自分と向き合おう
よーく考えてみると
「べつに自分は間違ってないし」という人って
自分の間違いを指摘されたくないから
本当の自分と向き合うのが怖いのかもしれません
(思い当たる節がございます...)
であれば、自分の人生で何をしたくて
本当は何に挑戦したいのか
ということに向き合いたいけど、怖くて向き合えない
可能性がありますね
みなさんが、向き合いたくても向き合ってこなかったこと
本当はきちんと取り組みたいことってなんでしょうか?
ほんの少しでも考えるきっかけになれれば嬉しいです
それではまた!