「損したくない。」
これ、
誰でも思いますよね。笑
ぼくだって思います。
できれば得したい。
できれば損はしたくない。
できれば安く買いたい。
できれば多くもらいたい。
できれば自分が得をするほうを選びたい。
そりゃそうです。
人間ですから。笑
でも、
この「損したくない」が、
いつの間にか、
「自分だけは絶対に損したくない。」
になってしまうと、
ちょっと話が変わってくる。
今日は、
そんな自分への戒めも含めて、
3つほど考えてみます。
① 誰からも応援されない
「これをやったら自分はいくら得する?」
「これをもらったら得。」
「自分が損するくらいなら、相手に譲るなんてありえない。」
こういう人と、
一緒に仕事したいですか?
一緒に遊びたいですか?
何か困ったとき、
「この人を助けよう。」
と思いますか?
ぼくは、
ちょっと難しいかなと思います。
なぜなら、人って、
ものすごくよく見ていますから。
「この人は、自分のことしか考えてないな。」
というのは、意外とすぐに伝わります。笑
逆に、
「今回は、ぼくはいいですよ。」
「そちらを優先してください。」
「これは○○さんのおかげだから、○○さんに渡しましょう。」
と言える人。
こういう人のところには、
不思議と人が集まる。
そして、その人が困ったときには、
「じゃあ、今度はぼくがやりますよ。」
と誰かが手を差し出してくれる。
これ、
「損得を考えるな。」
という話じゃないんですよ。
損得は、もちろん考えていい。
商売であればなおさら、
利益を考えるのも当然。
でも、
「自分が得すること」だけを基準にしてしまうと、
人との関係まで損得勘定になってしまう。
ここが怖いんですよね。
② 水面下で損していても気がつかない
「1000円得した!」
「5000円安く買えた!」
「自分の取り分が多かった!」
これ、たしかに目に見えます。
でも、その裏側で、
何を失っているでしょう?
たとえば、
1000円安くしてもらうために、
相手との関係が悪くなった。
自分の取り分を増やしたことで、
相手が、
「もうこの人とは仕事したくない。」
と思った。
たった数千円を得するために、
次の仕事につながる可能性を失った。
これ、帳簿には出てきません。
だから、
「得した!」
と思ったその瞬間には、
自分では気づいていない、
見えない損
が発生していることがある。
逆もあります。
誰かにご飯をごちそうした。
誰かのために時間を使った。
仕事を一つ譲った。
後輩にチャンスを渡した。
誰かを紹介した。
「今回はぼくはいいよ。」
と一歩引いた。
その瞬間だけ見れば、
「自分が損した。」
ように見える。
でも、その人との関係が深くなったり、
別のところから声がかかったり、
何年も後になって、
「あのとき助けてもらったから。」
と返ってきたりする。
もちろん、
「これをやれば必ず後から返ってきます!」
という話ではありません。
そんな打算でやるものでもない。
ただ、人生って、
目の前の数字だけでは計算できないんですよね。
③ 視野も行動も狭くなる
これ、今回一番言いたいところです。
「自分のものを手放したら損。」
「譲ったら損。」
「任せたら損。」
こう考えていると、
どんどん、
自分で抱え込むようになります。
仕事も、自分で全部やる。
情報も、自分だけで持っている。
チャンスも、誰にも渡さない。
なぜなら、
「自分が損するから。」
でもそれって、
一見すると「守っている」ようで、
じつは、
自分の世界を小さくしているだけかもしれません。
人に任せる。
誰かに紹介する。
自分が一歩引く。
こうすると、その瞬間は、
「自分の取り分が減った。」
ように見える。
でも、そのぶん、
自分には新しい時間ができる。
新しい人と出会える。
新しい仕事ができる。
新しいことを考えられる。
だから、
「手放す=損」
ではないんですよね。
もちろん、
なんでも人にあげればいい、
なんでも譲ればいい、
という話でもありません。
自分を犠牲にし続ける必要もない。
「いい人」でいるために、
自分がボロボロになる必要なんてありません。
ただ、
「自分だけは絶対に損したくない。」
という気持ちが、
自分の行動を止めていないか。
そこは、
ときどき確認したほうがいいと思うんです。
そして、これって、
お金だけじゃありません。
時間もそう。
人間関係もそう。
仕事もそう。
全部、
「自分が得をするか?」
だけで考え始めると、
どんどん窮屈になっていく。
ぼく自身も、
偉そうなことは言えません。
「あの人にあんなにやってあげたのに。」
と思ったこともあります。笑
「なんでぼくだけ?」
と思ったこともあります。
たぶん、これからも思います。笑
でも、そこで一度だけ考えてみる。
「本当に、損なのかな?」
と。
その場では、自分が一歩引いているように見える。
でも、
誰かが喜んでくれた。
関係が良くなった。
自分の時間ができた。
そんなことが起きているなら、
それは本当に「損」なんでしょうか?
逆に、その場では、
「得した!」
と思っても、
誰にも信頼されなくなった。
誰も助けてくれなくなった。
「あの人は自分のことしか考えない。」
と思われるようになった。
そのほうが、
ずっと大きな損失かもしれません。
だから、ぼくは最近、
「得したか、損したか。」
だけではなく、
「これで、何が残ったんだろう?」
と考えるようにしています。
お金が残った。
時間が残った。
人とのつながりが残った。
そして、何も残らなかったとしても、
「まあ、今回は誰かの役に立てたからいいか。」
くらいに思えることがあっても、
いいんじゃないでしょうか。
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